
物流業界が直面する人手不足、設備投資、そしてネットワークの再構築。これらの複雑な課題に対し、私たちはどのように向き合い、持続可能な体制を築いていけば良いのでしょうか。業界の変革が急務とされる中、多くの企業が具体的な次の一手に悩んでいます。
今回の対談では、物流機器メンテナンスを手がける株式会社APTの井上良太・栗原勇人、物流機器導入コンサルティングのブリッジタウン・エンジニアリング株式会社 代表取締役 渡邊博美様、物流施設開発を担う野村不動産株式会社の稲葉英毅様が集結。現場視点・設備投資・施設運営という異なる立場から、持続可能な物流体制の構築に向けた課題と解決の糸口を探ります。
目次
最近の現場・顧客から感じる物流課題と各社の取り組み
─本日はありがとうございます。まず、皆様の自己紹介と事業内容についてお聞かせいただけますでしょうか。
井上:
株式会社APT代表の井上です。弊社は、導入済みの物流機器(マテハン)のメンテナンスをメーカーに代わって行う事業を柱としつつ、近年は自動化設備の導入支援など、新規プロジェクトにも力を入れています。
栗原:
APTで営業本部長を務める栗原です。現場から経営層まで、幅広いお客様に物流課題解決のソリューションを提案しています。
渡邊様:
ブリッジタウン・エンジニアリング代表の渡邊です。2018年の設立以来、物流コンサルティングを軸に、お客様の業務分析や工程デザイン、機器導入支援を行っています。
稲葉様:
野村不動産で物流事業部長を務める稲葉です。総合デベロッパーとして、2004年から物流施設「ランドポート」の開発・賃貸事業を手がけ、施設開発を通じて業界の課題解決を目指しています。
─ありがとうございます。では次に、皆様が最近感じている物流の課題についてお聞かせください。
井上:
物流センター新設のご相談が増え、自動化への関心の高まりを感じます。ただ、国内メーカーは多忙で中規模以下の案件には手が回りにくいのが現状です。私たちはそうしたお客様に、メーカー以外の選択肢や、そもそも自動化すべきかという段階から支援しています。
栗原:
課題は大きく2つあります。1つは相次ぐ法令改正への対応、もう1つは老朽化した設備の更新です。どちらも変数が多く、お客様が意思決定に悩まれていると感じます。
渡邊様:
「2024年問題」を機に改善への関心は高まりましたが、出荷側と受け手側の効率がかみ合わないなど、サプライチェーン上の問題が顕在化しました。また、自動化を検討しつつも、導入に不安を抱える企業様は多いです。
稲葉様:
2024年問題を背景に「物流業界は変わらなければ」という機運が高まっています。お客様からは「一社では課題解決できない」という声が多く、共同輸配送など「共創」がトレンドになると確信し、ソリューションプラットフォーム「Techrum(テクラム)」を運営しています。
─稲葉様のお話にあった「Techrum」の思想について、もう少し詳しくお聞かせください。
稲葉様:
「自動化したいが、何をすればいいか分からない」というお客様の声を受け、2020年に構想が生まれました。様々なパートナー企業様と共に解決策を見つける「仕組み」を提供しようという考えです。私たちはデベロッパーとして、物流の本業には直接関わらないものの、施設を通じて多様なプレイヤーと接点を持てる特殊なポジションにいます。その立場を活かしてハブとなることを目指しています。特定の施設に縛られないオープンな取り組みにすることで、現在123社(2025年8月末現在)のパートナー様にご参加いただいています。最終的には共創を通じて、個社では解決できない課題にソリューションを提供し、日本の物流を変える一助となりたいです。

─渡邊様はコンサルタントとして、どのようなアプローチで改善に導いていますか?
渡邊様:
私たちはまず全体の業務分析を行い、時には競合メーカーの設備とも協業し、お客様の状況に合わせた最適な提案を心がけています。こうしたアプローチを行なう理由は、一社での解決は困難だと感じるからです。最近は、多くの企業が自社の効率化に特化しがちですが、それではサプライチェーン全体の改善には繋がりません。課題の本質を見極めてアプローチすることが重要です。
─APTが考える「成功」とは、どのような状態でしょうか。
井上:
私たちが考える成功とは、お客様が「本当にしたいこと」が実現できることです。お客様ごとに成功の定義は異なるため、時には最新の自動化設備を「撤去する」提案さえ行います。そうした個別のゴールを見つける上で、Techrumの存在は非常に大きいですね。
以前はこちらからお客様のオフィスへ出向いて提案をしていましたが、今はお客様が足を運んで我々の商品を選んでくださる。通常はお客様が我々ベンダーのオフィスに来訪してくださるケースは稀です。しかし、今はTechrumがその機会を創出してくれている。様々な実機を比較検討できるこの場が、何か新しいものを生み出すと確信しています。

【2024年問題】本当の危機はこれからやってくる?施行1年で見えた現状と新たな課題
─次に「2024年問題」について伺います。施行から1年以上が経過した今、現状をどう見ていますか?
井上:
正直なところ、多くの企業がまだ「言うほど深刻に捉えていない」という印象です。今はまだ各社がすでに持つ体力で持ちこたえている段階で、本当に影響が表面化するのはこれからかもしれません。
渡邊様:施行直後は景気の影響で物流量が落ち着き、予想されたほどの大混乱には至りませんでした。ただ、危機感を持った企業が「補助金も出るし何かやろう」と動き出したものの、「本当に効果があるのか?」という新たな課題に直面し、ソリューション提供側の提案力が問われ始めています。
稲葉様:
私も、問題が本格化するのはこれからだと見ています。ドライバーの労働時間規制は今後さらに厳しくなり、「トラックGメン」のような監視の目も光り始めます。来年あたりから幹線輸送やラストワンマイルの課題がより深刻化するでしょう。少しの時間差で大きな波が来ると考えています。
──消費者や荷主の意識についてはどうでしょうか。
渡邊様:
これまではドライバーの方々の長時間労働で高いサービスレベルが維持されてきました。コロナ禍で「置き配」も普及しましたが、一方で配送の効率化が新たな問題を生むこともあります。業界全体でサプライチェーンのあり方を再考する時期に来ています。
栗原:
現場レベルでは危機意識が高まっていますが、業界全体で見るとまだ意識の差が大きいのが実情です。例えば、国が定める標準運賃が実際に支払われていなかったり、経営層が最新動向に詳しくなかったり。現場と経営の間にまだ隔たりがあると感じます。
「自動化」「DX」どこまで設備投資すべきか?費用対効果と現実的なアプローチ
─「自動化」や「DX」がキーワードですが、どこまで設備投資をすべきでしょうか?
稲葉様:
日本はまだ人件費が比較的安く、自動化の投資効果が見えにくい面があります。とはいえ、今後は時給上昇に伴い自動化も進むでしょう。ただ、全ての工程を自動化するのは、荷物の種類や形状が多様な3PL企業様などでは現実的ではありません。まずは全体の3割を機械化するなど、人と機械が共存する形が当面の最適解ではないでしょうか。
渡邊様:
将来的な人手不足を見越して、ROI(投資収益率)が多少悪くても自動化に踏み切る企業もあります。しかし、どのタイミングで何に投資すべきか、その見極めは非常に難しい判断です。

─では、大規模な投資の前に、まず取り組むべきことは何でしょうか?
渡邊様:
多くの現場で「自動化以前にやるべきことが多い」と感じます。ピッキング方法の見直しといった、基本的な業務プロセスの改善が先決です。現状を正しく把握せずに部分的な自動化を進めても、十分な効果は得られません。
井上:
おっしゃる通り、一つひとつの工程を見直すことは非常に重要です。しかし、現実にはそこまで手が回らない、あるいはノウハウがないという企業様も少なくありません。そうした場合、私たちは全く逆の発想で「最大公約数的な正解」をあらかじめ用意しておく、というアプローチを提案しています。つまり、「考える時間やリソースがないなら、まずは私たちの標準化された仕組みに物を持ってきてください。それで85点は保証します」という考え方です。荷物に合わせて一から設備を設計するのではなく、汎用的な設備に荷物を合わせてもらう。こうした割り切りによって、スピーディに課題を解決する道筋も作れると考えています。
稲葉様:
その考え方は、私たちも非常に注目しています。例えばオフィス業界では、会議室を共有にしてコストを抑えるシェアオフィスが普及しています。物流版のシェアオフィスのような、ある程度の汎用的な設備だけをこちらで用意しておいて、個社特有の作業だけはご自身でやってもらうモデルは、十分に可能性があると考えています。
「共創」時代の物流課題解決とは?プラットフォームが繋ぐ、新たなパートナーシップ
─Techrumのようなプラットフォームは、企業にとってどのような価値がありますか?
稲葉様:
Techrumに来られるお客様は「将来のために何かしたいが、何から手をつけていいか分からない」という方が大半です。私たちは、Techrumを「常設展示場」のような場と考えており、、まず様々なソリューションを見ていただき、自社の課題を再認識してもらいます。特定の企業を斡旋するのではなく、中立的な立場で「仕組み」を提供し、お客様自身に選択肢を見つけてもらうことを重視しています。
─プラットフォームの登場は、ソリューションを提供する側にも変化を求めているように感じます。
井上:
その通りです。「何をしていいか分からない」と悩むお客様に、ただ「この機械を買ってください」と言っても売れません。コンサルティング的な視点で、なぜそれが必要かを深く理解し提案することが不可欠です。しかし一社で担うのは限界があり、自社製品に固執せず、他社製品も含めてフラットに提案できる関係性が重要になります。
栗原:
私たちベンダーが「最適な提案をします」と言っても、ポジショントークに見えてしまうでしょう。そこに野村不動産様のようなデベロッパーや、渡邊様のようなコンサルタントが入ることで提案に中立性が生まれ、お客様も安心して検討を進められます。この連携は非常に価値があると感じます。

5年後の物流業界:『標準化』の先で求められるのは、全体を統合する『インテグレーター』
─最後に、5年後のビジョンをお聞かせください。物流業界はどのように変化し、それに向けてどう準備していますか?
稲葉様:
デベロッパーの視点では、5年後に竣工する物件の土地は今仕込んでいますから、すぐそこと言えるでしょう。5年後は、物流施設というハードは大きく変わらないかもしれませんが、その「貸し方」は変化します。例えば、標準化された設備をあらかじめ導入しておく「プリセット型」、複数社で保管する場所を分けるなどの「シェアリング型」の物流施設です。私たちも施設提供者の領域に留まらず、ソフト面での付加価値を提供できる存在になる必要があります。
井上:
「プリセット」と「標準化」は私たちにとってもキーワードです。特に保管設備で「自動倉庫といえば大手メーカー」という一択ではなく、新しいスタンダードを作りたいと思っています。「パレットやケースの保管ならAPTがスタンダードだよね」と言われるポジションを、5年後までに確立したいです。
渡邊様:
今後は国の「フィジカルインターネット」構想も進み、物流の標準化が加速するでしょう。そうなるとマテハン機器もある程度淘汰され、設備は単なる「道具」になります。それをいかに効率的に動かすかという、AIなどを活用した「システム」の重要性が増してきます。
─標準化が進んだその先の未来では、どのようなプレイヤーが求められますか?
稲葉様:
まさに、様々な機器やシステムを統合し、全体を最適化できるプレイヤーが求められます。しかし、中立的な立場で全体を俯瞰できる人材は非常に少ないです。少ないからこそ、そうした役割を担う企業が業界をリードしていくでしょう。また、私自身は物流のイメージを変えたい、という思いは強いですね。物流施設を建てる際、近隣住民の方にご説明に伺うと、未だに「嫌悪施設」と見られてしまうことがあります。どんなにおしゃれなカフェを併設しても、トラックの出入りや騒音といったネガティブなイメージが根強いんです。こうしたイメージを払拭し、優秀な人材が「物流業界で働きたい」と思ってくれるような環境を整備していくことが、私たち世代の大きな役割だと感じています。
栗原:
弊社も事業を拡大する中で、業務、マテハン、システムといった領域間の「綻び」が見えてきました。5年後、私たちはそうした壁を取り払い、サプライチェーン全体をシームレスに「つなぐ」役割を担いたいです。
井上:
「あいつらは何屋なんだろうな」と言われるような、既存の枠にとらわれない存在になりたいですね。そのためにもスタンダードとなる製品を磨き、そこから領域を広げたい。そして、業界をインテグレートできるプレイヤーを目指し、物流業界を、もっとかっこよくしたいです。その思いを胸に、挑戦を続けます。
─皆様、本日は貴重なお話をありがとうございました。
インタビュイー紹介
株式会社APT 代表取締役 井上良太
株式会社APT 執行役員 ソリューション営業本部長 第一営業部長 栗原勇人
野村不動産株式会社 都市開発第二事業本部 物流事業部長 稲葉英毅様
ブリッジタウン・エンジニアリング株式会社 代表取締役 渡邊博美様
企業紹介
株式会社APT:物流自動化設備のサードパーティメンテナンス事業を主軸に、既存設備の有効活用、新規自動化設備の導入支援、独自開発の制御システム提供など、ハードとソフトの両面から課題解決を支援。
野村不動産株式会社:総合デベロッパーとして物流施設「Landport」シリーズを開発・運営。近年は物流課題解決のプラットフォーム「Techrum」を主宰し、業界横断での共創を推進。
ブリッジタウン・エンジニアリング株式会社:物流領域特化のコンサルティングファーム。業務分析、工程設計から設備導入支援、サプライチェーン全体の最適化まで、ハンズオンでの課題解決を強みとする。


